
一目惚れしたスニーカー
私の思い出の物はReebokのスニーカーです。今でも鮮明に覚えているのですが、高校2年生のとき、学校帰りにプリンを買いにスーパーへ寄ったら、見かけたお姉さんの足元がすごく可愛かったんです。でも声をかける勇気もなく、盗撮するわけにもいかず、買い物中のその方の靴を5分ほど観察して、こっそりロゴを読み取ったのがReebokとの出会いでした(笑)。Reebokの靴はどれも可愛くて、選ぶのが大変だった記憶があります。それからはその靴で、運動会やねぶた祭、アルバイト、キャンプ、そして富士山まで、気付けば6年間ずっと一緒に過ごしていました。中の型紙が折れて布を突き破っても、当て布をし補修して履き続けたくらいです。デザインが入口だったけれど、いろんな時間を共にしたから、それくらい愛着が大きくなっていったんだと思います。最後は修繕も不可能になってしまい、同じものを探したけど見つからず。写真を撮って、さよならしました。 それから新しい靴を買って履いていますが、あのスニーカーほどの思いは持つことができず、あれは自分にとってなんだか特別なものだったんだと思います。 >その靴と過ごした時間の中で、どんな活動や出会いが印象に残っていますか? そうですね。この靴は季節や場所に囚われずずっと履いていたので、本当に全部が思い出です。大学では、自然学校のNPO団体でボランティア活動をするサークルに入って、子どもたちとキャンプをしていました。自然の中でアウトドアクッキングをしたり、山を登ったり、自然の中で子ども達と過ごした時間は印象に残っていますね。他には東京と神奈川の間を100km歩くチャレンジハイクにも参加して、24時間3分で完歩したときもこの靴を履いていました。企画中に靴の中敷きがすり減り足が痛くなって、近くの靴屋に駆け込んだことも今となっては笑える良い思い出です。他にも富士登山に挑戦したときもこの靴で頂上を目指したし、写真フォルダを振り返ると、本当にどんな場面でも一緒の相棒のような存在でした。 > 元々、自然環境やそのような活動には興味を持たれていたのですか? 特別に、自然環境などの活動に興味が強かったわけではなかったですね。大学では教職課程をとっていたこともあり、サークルを選ぶときも「子どもと関われること」を基準にサークル活動を探していたんです。子どもの頃から火おこしに挑戦していたとか、家族と山登りに行っていたとかはなくて、自然活動はあまり経験がない状態からのスタートでした。それでも、学校の先生になる上で教育的な要素がある場所がいいなと思って、「子どもとキャンプをする」という点に惹かれてその活動を選びました。沢山の学びがあり自然教育の魅力を感じていた時期に、教育実習で授業を行った際に、先生1人に生徒40人という環境の中で、わからなそうな顔をしている子に寄り添いたくても授業の進行を優先せざるを得ない場面に出くわし、やるせなさを感じたんです。そのときに、「学校だけが教育の場じゃないのかもしれない」と考え、放課後の居場所づくりや自然・地域の中で子どもを育てることが自分の理想に変わっていきました。 >学校以外の場所で教育に関わるとしたら、どんな構想やアイデアを描いていますか? 学校の先生になることを諦めたときに、自分が次に何をしたいのかを考えたんです。私は旅行が好きでゲストハウスによく泊まるのですが、ああいう色んな人と交流できる場所が大好きなんです。宿泊する人同士や地域の人が自然に交流している空間を見て、こういう場を作れたら、なんだってできるかもと思うようになりました。宿の収益があれば日中は子どもたちが放課後にふらっと来られる場にも、地域との交流の場にも、みんなのたまり場にもなるんじゃないかと。そんな思いから、大学卒業後はホテル業に従事したり、カナダへワーホリに行ったりしていました。海士町に大人の島留学で来たのはまちづくりの勉強をしたかったからです。今後は自分の目指す宿をまちに根ざした場にするために、隠岐でもう少し地域と教育のことを学び続けていこうと考えています。新しいスニーカーを履いて、隠岐で色んな景色を見て、Reebokのそれを超えるくらいの思い出をつくっていきたいです。
















































