ホテルマンになる時に姉からもらったボールペン

ホテルマンになる時に姉からもらったボールペン

語り手:伊藤さん
聞き手:原田陽人
2026年03月11日

ホテルEntôで客室の1つに住まれながら、ゼネラルマネージャーとして働かれている、伊藤さんにお話を伺いました。

僕の思い出の物は、PARKERのボールペンです。20歳の頃「一流のホテルマンになるならいいボールペンを使いなさい」と言われて、誕生日に姉から貰いました。時計みたいにそんなにすぐ修理が必要になったりするものじゃないけど、少し壊れた時にはずっと自分で直し続けて使っていますね。

ホテルマンという仕事を目指したきっかけは何だったんですか?

父がホテルマンで、子どもの頃に働いている姿を見ていたのが大きくて。家にいる父とはまた違って、黒服を着てゲストの前に立っている姿がすごくかっこよく見えたんです。サービス業って何なのか当時は分からなかったけど、人を迎える仕事って楽しそうだなと思って。高校の頃にはもう進路を決めていて、大学に行くよりもホテルの現場で働きたい気持ちが強くて専門学校に進んだんです。その後、東京や京都、沖縄、海外も含めて、気づけば10社くらいのホテルを経験してきました。

これまでの経験の中で、大きな転機になった出来事は何でしたか?

38歳のときに、初めて総支配人(GM)になったことです。昔は若い人でGMになる人は少なく、50歳くらいが当たり前でした。昔から、現場で一番お客様を見ているのは「実は若いスタッフだったりするんじゃないか」と思っていて。だからこそ、若いスタッフの声をもっと現場に反映させたいという思いがありました。その声をちゃんと受け止められる立場に立つために、36歳でGMになることを目標としていました。

伊藤さんにとって「いいホテル」「いいサービス」とは何ですか?

マニュアル通りじゃないサービスができるホテルだと思っています。お客様が10人いれば、10通りのサービスがある。リゾートなのに堅すぎたらくつろげないし、逆に軽すぎても満足してもらえない。その人が今、何を求めているかを感じ取って動くのが仕事だと思っています。地域とも同じで、ただ観光地を紹介するだけじゃなくて、住んでいる人たちと顔の見える関係をつくることが大事。旅先で、その土地の人と一緒に何かをした記憶が残るホテルを、これからもつくっていきたいですね。

伊藤

伊藤さん

この物語をシェア:

モノとカタリ

島根県海士町で始まった「モノとカタリ」プロジェクト。 思い出のモノを通して、島に住んでいる人・訪れた人の「人生の物語」を聞きます。

海士町について

島根県隠岐郡海士町
日本海に浮かぶ、人口紏2,300人の小さな島。島の全体が国立公園に指定されるほど、自然豊かな島。
(詳しくはこちら)

運営者情報

モノとカタリ プロジェクト