農家や海士町の電力会社などをされている、浅井さんにお話を伺いました。
この僕がつくったお米だね。僕は元々、本気米の販売担当として農家の方に会う機会が多かったんだよね。その頃から、お米づくりはもっとたくさんの人がやれるようにしていかないと続かないと考えていた。そこで金銭的にも、兼業で米づくりをしたくなるような実例を作りたかったんだ。そんな時に、田んぼの面積を減らす農家さんが田んぼをやってみないかとお誘いをいただいて、それから自分でお米づくりを始めた。
思い入れが特に強くなった瞬間はどんな時ですか?
僕のお米は、自分の知っている人に直接買ってもらっているんだ。米づくりを始めた最初の頃は、無農薬で始めたんだ。だけど、通常より6倍作業量が増え、値段もほぼ変わらない。数年間は買ってくれるお客さんのためにも続けていたが、どうしても難しかった。その時に、電話で直接「この時期の除草剤は残留農薬にならないです」などと、きちんと説明したら全員が納得してくれたりもした。また「おいしかったよ」などというお米に対する直接のフィードバックをもらうことができる。このような状態が続いていくことで段々と、思い入れが強くなっていったね。
兼業でお米づくりをするっていうのはどのようなイメージですか?
お米づくりのみなら、ある程度他の仕事をする時間は十分にあるね。実際に僕もできているし、成り立つモデルだと思う。あと、人間ってずっと百姓の文化だったんだよ。百姓ってのは100の生業を持つ人たちっていう意味なんだ。少しずつ変わりつつはあるが、なぜか多くの人が一生を1つの会社に捧げる。だけどこれは歴史上で見れば、とっても異常。だから、僕は兼業が普通になる世界に戻すような手伝いをしたいんだ。
兼業が普通の世界に戻ったら、どのような変化が起こると思いますか?
もし1つの仕事しかしていなくて、その仕事にやりがいを感じることができなかったら辛いと思う。だけど何個も仕事をしている内の1つがダメでも、他の仕事からやりがいを感じることができたら、そこまで辛くはないだろう。それは幸福度が上がる1つの要因になると思う。また、やりがいを感じて自分は社会の役に立っていると思うことで、自殺する人が減ったらと思っている。

