海士町ご出身で、隠岐桜風舎で隠岐神社のガイドもされている、小澤さんにお話を伺いました。
私の思い出の物は、隠岐神社にある桜の開花の様子を毎日撮ってまとめたアルバムです。一昨年、桜は隠岐神社の象徴のような存在だなと思い、これはちゃんと記録して残しておきたいと思って作りました。私は元々、家が隠岐神社のすぐ近くにあって、神社そのものがずっと日常で、自分の一部のような存在で。離島して、本土に住んでいた頃は桜の時期になると、自然とそわそわして落ち着かなくなる感覚がありました。
その「そわそわする感じ」は、どうして生まれていたと思いますか?
正直、はっきりした理由は分からなくて。子どもの頃から見てきた風景だからなのか、それとも隠岐神社に誘われているような感覚なのか、どっちなんだろうって今でも思います。ただ、その感覚がずっと続いてきたからこそ、今こうして隠岐神社の仕事に関われているのかな、とも感じていて。振り返ると、偶然というよりは、ちゃんと線でつながってきたような気がして、今はその場所でガイドとして働けていることに、すごく納得しています。
隠岐神社の観光ガイドとして、大切にしていることはどんなことですか?
せっかく海士町まで来てくれたんだから、最後まで気持ちよく楽しんで帰ってほしい、ということを一番大切にしています。以前、観光ツアーに参加されていた女性がサングラスを忘れていかれたことがあって。次のツアーまで15分しかなく、その女性もツアー後、フェリーの乗船に向かっていたこともあり、間に合うかどうかわかりませんでした。でもそのまま帰るより、ちゃんと届けた方が気持ちよく終われるんじゃないかと思って、急いで届けに行ったんです。そうしたらギリギリ間に合い、本当に喜んでくださって。その反応を見たときに「ああ、やってよかったな」と思いました。
こうした関わり方は、本土(都会)と海士町で違いがあると思いますか?
田舎だと、会って終わりにならないことが多い気がします。「どこから来たんですか」とか、「何をしている人なんですか」とか、自然と会話が生まれていく。時間としては短くても、ちゃんと人と人として向き合う感覚があるんですよね。都会では会う人数は多いけれど、どうしてもすれ違って終わることも多かったなと感じていて。島では、一つひとつの出会いがもう少し近くて、その分、一期一会でも気持ちはつながっていると思います。

